プロデューサーという仕事において、
営業とクオリティを両立させることはできないのだろうか?
エンターテイメント性とギミックも、
「クライアントを納得させて数字をとるために」動く?
ユーザーを見ることも、数字をとるため??
仕事をとった後に、
それがどれほどのクオリティで作られるのかまでは管理しないし、
しなくていいものなのだろうか?
それはディレクターの仕事だというのだろうか?
むしろ、多くのお金で、どれだけ高い利益率を出すのかを考えるのが、
ビジネスマンとしての営業の正解なのだろうか。
解ってる。
考え方の違いというものなのだ。
数字を求めるプロデューサーだって、
自分の仕事が世に出たら、やっぱりうれしいものだと思う。
でも、その喜びと充足感には差が出るだろう。
人に言われた通りに作って、人の出すOKのために仕事をするのは、
クオリティを重視して真剣にモノを作る人の仕事に比べたら
満足も納得も低くなるのではないかと思う。
仕事は自分がコントロールしているという自覚を持ち、
自分の意思を出して、自分の想いを乗せて仕事するから、
自分ごと化するんじゃないのか?
「言われたとおりに作る」をやるプロデューサーが満足を感じるのは、
仕事をとってくるまで、発注を受けるまでで止まるのだろうな。
作ってスタートするまでの仕事が、それで楽しいだろうか?
私はやっぱり、ずっと楽しいのがいい。
仕事もプライベートもどっちも楽しくないとイヤだと思うのと同じで。
ああ、だからか。
営業的プロデューサーは仕事とプライベートをきっちり分ける。
そして、「プライベートを充実させたい」と言う。
私にしたら、どっちも同じくらい充実させたいけど。
むしろ、働いている時間の長さと時間帯を考えたら、
仕事の充実が人生の充実におけるマスト条件に思えるのだけど。
私は、分けられない。
分けることの意味もわかんないんだ。
営業とクオリティを両立させることはできないのだろうか?
エンターテイメント性とギミックも、
「クライアントを納得させて数字をとるために」動く?
ユーザーを見ることも、数字をとるため??
仕事をとった後に、
それがどれほどのクオリティで作られるのかまでは管理しないし、
しなくていいものなのだろうか?
それはディレクターの仕事だというのだろうか?
むしろ、多くのお金で、どれだけ高い利益率を出すのかを考えるのが、
ビジネスマンとしての営業の正解なのだろうか。
解ってる。
考え方の違いというものなのだ。
数字を求めるプロデューサーだって、
自分の仕事が世に出たら、やっぱりうれしいものだと思う。
でも、その喜びと充足感には差が出るだろう。
人に言われた通りに作って、人の出すOKのために仕事をするのは、
クオリティを重視して真剣にモノを作る人の仕事に比べたら
満足も納得も低くなるのではないかと思う。
仕事は自分がコントロールしているという自覚を持ち、
自分の意思を出して、自分の想いを乗せて仕事するから、
自分ごと化するんじゃないのか?
「言われたとおりに作る」をやるプロデューサーが満足を感じるのは、
仕事をとってくるまで、発注を受けるまでで止まるのだろうな。
作ってスタートするまでの仕事が、それで楽しいだろうか?
私はやっぱり、ずっと楽しいのがいい。
仕事もプライベートもどっちも楽しくないとイヤだと思うのと同じで。
ああ、だからか。
営業的プロデューサーは仕事とプライベートをきっちり分ける。
そして、「プライベートを充実させたい」と言う。
私にしたら、どっちも同じくらい充実させたいけど。
むしろ、働いている時間の長さと時間帯を考えたら、
仕事の充実が人生の充実におけるマスト条件に思えるのだけど。
私は、分けられない。
分けることの意味もわかんないんだ。